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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)31号 判決

京都府宇治市小倉町西浦一七番地三一

原告

伊藤豊

右訴訟代理人弁護士

岩佐英夫

平田武義

中尾誠

田中伸

京都府宇治市大久保町井の尻六〇―三

被告

宇治税務署長

尾松末三

右指定代理人

竹中邦夫

右指定代理人

足立孝和

堀内和幸

戸根義道

福本雄三

黒仁田修

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五六年三月七日付でした原告の昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税の各更正処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  原告の主張

1  原告は、肩書住所地において左官工事業を営む者であるが、被告に対し本件係争年分の確定申告をした。

被告は、昭和五六年三月七日付けで原告に対し本件更正処分(以下、本件処分という)をした。

原告は、本件処分に対し、異議申立及び審査請求をした。

以上の経過と内容は、別表1記載のとおりである。

2  しかし、本件処分は、次の理由で違法であるから、取消されるべきである。

(一) 本件処分には推計課税の必要性がなかつた。即ち、被告の部下職員は税務調査にあたり、事前通知をしないで原告方に臨場し、調査の理由を開示せず、第三者の立会を拒否しかつ原告の承諾なしに反面調査をなし、本件処分はこのような違法な調査に基づいてなされたものである。

(二) 被告は、原告の本件係争年分の所得金額を過大に認定した。

3  よつて、原告は被告に対し本件処分の取消を求める。

二  被告の答弁

原告主張の右事実中、1の事実は認め、2の事実は争う。

三  被告の主張

1  被告の部下職員は、昭和五五年九月二二日から数回にわたつて原告方に臨場し、原告に対し本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたが、原告は、民主商工会事務局員を立会わせるなどし、調査理由を明らかにしなければ帳簿は見せないとの態度に終始した。

このように、原告が帳簿資料の提示をせず、事業内容の説明をせず、第三者の立会いを求めて調査に応じなかつた為、被告はやむなく反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をしたのであつて、本件処分に手続的瑕疵は無い。

2  本件係争年分の原告の所得金額の算定は次のとおりである。

(一) 本件係争年分の原告の事業所得金額の算定は別表2記載のとおりである。これを詳述すると、本件係争年分の原告の売上金額の明細は別表3記載のとおりであり、これに後記同業者所得率を乗じて算出所得金額を算出した。借入金利子は、京都銀行小倉支店に支払われた利子の額である。

(二) 同業者の選定と同業者所得率の算定は、次のとおりである。

被告は、原告の所轄税務署管内の事業者の内から、本件係争年分で次の条件に該当する者を抽出したところ、別表4記載のとおりの申告事例を得た。

(1) 青色申告納税者であること。

(2) 左官工事業を営む者で、他の事業を兼業していないこと。

(3) 年間を通じ継続して事業を営んでいること。

(4) 売上金額が一三〇〇万円から五三〇〇万円までであること(上限を原告の売上金額の五〇パーセント増、下限を同減としたいわゆる倍半基準によつた)。

(5) 不服申立又は訴訟係属中でないこと。

右の基準で抽出された同業者は、業種、事業場所、規模などが原告の事業と類似しており、無作為に抽出されたもので、かつ青色申告納税者であるからその数値は正確である。従つて、この同業者から同業者所得率(売上金額から売上原価、給料賃金及び外注加工費を工事原価として控除し、更に一般経費を控除した算出所得金額の売上金額に対する割合をいう。以下、同様)を算定し、これを被告に適用することには合理性がある。

四  原告の認否及び反論

1  被告の主張1前段の事実は認め、後段の事実は否認する。原告は帳簿類を用意して調査担当職員の目前に置いたうえ、納得のいく調査理由が明らかにされれば協力すると述べたが、具体的理由の説明はなかつた。

2  被告の主張2の事実中、別表2記載の売上金額及び借入金利子並びに別表3記載の売上金額明細は全て認め、その余は否認する。

3  被告の推計は次の点で合理性がない。

(一) 原告の売上は、別表3からも明らかなようにその大部分が下請けの孫請であり、かつその殆どが建売住宅であつて、その坪単価が比較的安いにもかかわらず、被告の推計はこの点を全く考慮していない。

(二) 別表4のうちB、C及びDについては給料賃金がゼロか又はごく僅かであり、原告の営業実態とは異なつている。

原告の人件費は、次のとおりである。

〈省略〉

(三) 被告は同業者所得率の算定にあたり、青色事業専従者給与を給料賃金に含めず、これを除外したまま同業者所得率を算定しているが、所得率算定にあたつては青色事業専従者給与をも雇人費に算入して算定するべきであつて(京都地方裁判所昭和五七年(行ウ)第九号事件昭和五九年八月二日判決参照)、この推計方法には誤りがある。

(四) 別表3記載の宮下建設株式会社は昭和五四年八月に倒産し、原告は同社に対する債権八一九万二一〇〇円の内、僅かに九六万六六六七円の配当を受けたのみで、その余は債権者集会にて殆ど回収不能と判断され同年一二月二七日に放棄し、その旨の書面を作成したから、同日残債権の放棄が確定したと言うべきである。昭和五五年八月に若干の追加配当があつたが、これは同年分の雑所得として処理されるべきである。

仮りにそうでないとしても、右債権に対応する同社振出の手形は昭和五四年中に不渡りとなつて同社は銀行取引停止となつているから、所得税法基本通達五一条の二〇により、その二分の一は経費として認められなければならない。

五  被告の反論

1  原告は大部分が建売住宅の孫請でその坪単価が安いと主張するが、このような個別的営業条件の如何は、前記同業者所得率が平均値に依つている以上、これに包括されているというべきであり、推計の合理性を欠くことにはならない。

2  原告は別表4のB、C及びDが給料賃金がゼロかごく僅かで原告の営業実態と異なつていると主張するが、労務関係の支出を給料賃金とするか外注加工費とするかは名目的なもので、被告は外注加工費をも給料賃金と同じく工事原価として同業者所得率を算定しており、原告の反論は失当である。

原告主張の人件費は、全て争う。

3  青色事業専従者について

同業者の青色事業専従者の仕事は記帳あるいは電話番であり、これらの者に対する給与を工事原価とするには当らない。また、青色申告に係る同業者の青色事業専従者給与を除外して同業者所得率を計算しないと、原告が青色申告納税者と同じ扱いを受けることとなり不合理である(京都地方裁判所昭和六〇年三月二七日判決参照)。なお、同業者の青色事業専従者給与の明細は別表5記載のとおりであるところ、仮りに、従事内容が異なると思われる同業者Aの長男分をAの雇人費に加算してその所得率を算定すると別表6記載のとおりとなり、この同業者所得率に基づく事業所得金額は別表7記載のとおりとなる。

4  宮下建設に対する貸倒れについて、

(一) 宮下建設株式会社が昭和五四年八月に倒産し、同年中に原告が金九六万六六六七円の配当を受けたのみであることは認めるが、その後、原告は昭和五五年八月一二日に二回目の配当を受けており、だとすれば、右債権残額の回収不能が具体的に確定したのは昭和五五年八月以降と言うべきであるから、原告主張の債権放棄はその時点では未だ確定していたと言えない。この債権放棄を昭和五四年分の必要経費とする原告主張は失当である。

(二) また、原告は右の二分の一は所得税法基本通達により経費としての算入が認められなければならないとも主張するが、この債権償却特別勘定への繰入を行うには、その確定申告書にその明細を記載した書類を添付しなければならないとされている(所得税基本通達一―二五)ところ、原告の確定申告書に右明細書の添付はない。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  原告が肩書住所地において左官工事業を営み本件係争年分の確定申告をしたこと、被告が本件処分をしたこと、原告が本件処分に対し異議申立及び審査請求をしたこと、以上の経過と内容が別表1記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  本件処分と推計課税の必要性

原告は、被告の職員が事前通知をしないで原告方に臨場し、調査の理由を開示せず、第三者の立会を拒否し、かつ原告の承諾なしに反面調査をするなどの違法な調査をなし、原告が帳簿類を用意して被告の職員の目前に置いたうえ納得のいく理由が明らかにされれば協力すると述べたにもかかわらず、具体的理由を説明しなかつたから、本件処分が違法であると主張する。

しかし、被告の職員が昭和五五年九月二二日から数回にわたつて原告方に臨場し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたのに対し、原告が民主商工会事務局員等を立会わせ、調査理由を明らかにしなければ帳簿は見せないとの態度に終始したことは当事者間に争いがない。

そうとすれば、このように原告が帳簿資料に基づいてその事業内容を説明せず、調査に協力しなかつたからには、被告が反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をするも止むを得ないものがあつたと言うべきであつて、原告の主張するところは、調査を拒み、推計を違法ならしめる事由とはなり得ず、本件処分にこの点での手続的瑕疵はない。

三  推計の合理性と所得金額の認定

1  原告の売上金額及び借入金利子が被告主張の別表2記載のとおりであり、その売上金額明細が別表3記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  同業者所得率について、

成立に争いがない乙一号証ないし四号証、証人上田和幸の証言により真正に成立したと認める乙五号証ないし一六号証及び同証言によれば、被告主張のとおり、被告が、原告の所轄税務署管内の事業者の内から、本件係争年分につき、(1)青色申告納税者であること、(2)左官工事業を営む者で、他の事業を兼業していないこと、(3)年間を通じ継続して事業を営んでいること、(4)売上金額が一三〇〇万円から五三〇〇万円までであること、(5)不服申立又は訴訟係属中でないことを条件として、該当する者を抽出したところ、別表4記載の通りの申告事例を得たことが認められる。なお、同業者Cの五三年分売上原価の内には一七五七万一一三二円の、同五四年分の売上原価の内には一四九〇万〇三三二円の外注加工費が含まれていることが認められる。

3  原告が推計課税の合理性について主張する問題点を検討するに、

(一)  坪単価について

原告は、その売上の大部分が建売住宅の下請けの孫請であり、かつその殆どが建売住宅であつて、その坪単価が比較的安いにもかかわらず、被告の推計はこの点を全く考慮していないと主張する。

しかし、前記抽出された同業者の売上金額は全年度を通じて金一七九二万円余から金四四二四万円余までの間であつて、このように原告と規模の類似する比較的小規模の同業者であるからには原告と同様の業態であるものと推認されるから、原告が孫請けを主としているとの点は、これら同業者の選定にあたつて考慮され、これに吸収されていると思料される。また、建売住宅の坪単価が低いとしても、証人井原貞次の証言その他本件全証拠によるも、だからといつて収入に占める利益の比率が低いものとは認められない。

(二)  人件費について

原告本人尋問の結果中人件費の主張に沿う部分は、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙二一号証に照らして措信しがたく、同主張に沿う甲三七号証の一ないし七五、三八号証の一ないし一七、三九号証の一ないし六八、四〇号証の一ないし一八、四一号証の一ないし五七及び四二号証の一ないし二〇等がその記載されている日に支払のつど真正に作成されたものとは認め難いから、これをもつてしては原告主張の人件費を認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

また、別表4のうちB、C及びDについては給料賃金がゼロか又はごく僅かであり、原告の営業実態とは異なつているとも主張する。しかし、労務関係の支出は、給料賃金あるいは外注加工費の何れともなしうるもので、この差異は名目的なものであるから、前記同業者にはこれを給料賃金とするものと外注加工費とするものとがあるけれども、この差異に重要な意味は認められない。

(三)  青色事業専従者給与について、

原告は、同業者所得率の算定にあたつては青色事業専従者給与をも雇人費に算入するべきであると主張する。

まず、原告本人尋問の結果によれば、原告は電話の取次、支払、書類の作成等事業についてその妻の助力を得ていることが認められるところ、前記同業者の別表5記載の妻に対する給与は、課税政策上必要経費に算入しないものとされた「生計を一にする配偶者その他の親族」に対する賃金について、青色申告者に限り必要経費と認めるものであるから、同業者所得率の算定にあたつてこれを必要経費から除外しないと、いわゆる白色申告者である原告が青色申告納税者と同じ扱いを受けることとなり不合理である。

つぎに、別表5記載のうち同業者Aの長男に対する給与は、原告がこれに対応する労働力を得ようとすれば、他に給料賃金又は外注加工費の支払を余儀無くされるものと認められるから、同業者の所得率を算定するに当つては、これを給料賃金に含めるのが相当である。

(四)  宮下建設の貸倒について、

原告は、昭和五四年八月に倒産した宮下建設に対する債権を損金として同年分の必要経費として処理されるべきであると主張する。

宮下建設が昭和五四年八月に倒産し、原告が同主張のとおり債権放棄の書面を作成したことは当事者間に争いがない。

しかし、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲一号証及び同供述によれば、昭和五四年一二月二七日付の甲一号証には、その第4項に「第一回配当の受領とひきかえに…残債権の一切を放棄します。」との記載があるものの、他方、第3項には「第二回配当についての具体的執行については貴殿(債権者委員長松井婚次)に委任します。万一、債権の回収不能で第二回配当ができなかつた場合も異議を申し述べません。」との記載があり、また、原告が昭和五五年八月一二日に二回目の配当を受けたことはその自認するところである。そうすれば、右債権が昭和五四年中に確定的に放棄され、又は回収不能と確定したものとは認め難く、その回収不能が具体的に確定したのは昭和五五年八月以降と言うべきであるから、右の債権放棄に関する原告主張はこれを認め難い。

更に、原告は、右債権に対応する同社振出の手形は昭和五四年中に不渡りとなつて同社は銀行取引停止となつているから、所得税法基本通達により、その二分の一は経費としての算入が認められなければならないとも主張する。

しかし、右債権償却特別勘定への繰入を行うには、当該年分の確定申告書にその明細を記載した書類を添付しなければならないとされており(所得税基本通達五一―二五)、この債権償却特別勘定が所得税法五一条二項の要件を緩和した規定であることからみて右所定の手続きの履践がその要件とされているものと解されるところ、原告が確定申告書に右明細書を添付したとの主張立証はない。従つて、この点の原告主張は理由がないと言うべきである。

4  以上によれば、被告が選定した別表4記載の同業者は、その選定基準に照らし、業種、事業場所、規模などが原告の事業と類似していると認められ、かつ、無作為に抽出されたもので、青色申告納税者でその数値は正確であると認められるから、これら同業者から同業者所得率を算定し、これを被告に適用することには合理性が有るとしなければならないところ、前記のとおり、別表5記載の同業者Aの長男に対する給与はAの雇人費に加算してその所得率を算定すべきであり、そうすると、同業者所得率の算定は別表6記載のとおりとなり、これに基づいて原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別表7記載のとおりとなること、計数上明らかである。

以上によれば、本件処分は、右に認定した事業所得金額の範囲内であるから、被告が原告の本件係争年分の事業所得金額を過大に認定した違法はない。

三  よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 田中恭介 裁判官 榎戸道也)

別表1

課税処分の経過等

〈省略〉

*なお、上記更正時になされた過少申告加算税は、52年分につき1万6,500円、53年分につき6,500円、54年分につき1万0300円であつた。

別表2

事業所得計算書

〈省略〉

別表3

売上金額明細表

〈省略〉

別表4

同業者所得率表

〈省略〉

別表5

〈省略〉

別表6

同業者所得率表

〈省略〉

別表7

事業所得計算書

〈省略〉

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